特集「漫画装丁の魅力」

蔓延防止法による規制も解除されて大手を振って出かけられるようになった今日。ちょうど寒さも薄れて外出するにはちょうど良い3/28に私は東京の丸の内で開催された「漫画とデザイン展」へ行ってきた。この展示の企画は漫画雑誌とコミックスのデザイン(装丁)に焦点を当て、歴史とその変遷やデザインの魅力をたっぷりと味わえる有意義なものであった。私は元々、漫画における装丁には関心があったことから、今回の展示に刺激を受けて筆をとった次第である。

漫画とデザイン展の開催概要は以下の通りである。残念なことに、この記事が公開されている頃には開催は終了しているが、今後もこういった装丁にフィーチャーした企画展示は行っていただきたいと切に願うものだ。

「漫画とデザイン展」
・開催日:2022/02/28~03/31
・東京都千代田区3-4-1 新国際ビル1F「GOOD DESIGN Marunouchi」

さて、一言に装丁と言っても本の歴史と共に発展してきたものなので、それを纏めるにはあまりにも膨大な時間と労力を要してしまう。よって今回は「戦後の漫画」という範囲に絞って紹介していきたい。とはいえ、漫画に範囲を絞っていてもその量は膨大であることから、取りこぼしや紹介しきれないものも多数存在するのであらかじめご容赦願いたい。

・表紙カバーと再販制度
近年、出版業界には大きな波がやってきている。それは電子書籍だ。読者としては読書スタイルに画期的な変化を促し、それまで書籍を本屋か通販を利用して購入しなければならなかったものが、インターネットを介してスマートフォンやPC、専用端末にダウンロードすることで直ぐに読めてしまうからである。漫画における新刊販売数で電子書籍が本を超えたというニュースを聞いた時は新たな時代の到来を実感した。


私は基本的に紙派である。そんな私でさえ、電子書籍のメリットは認めざるを得ないし、気づけば数百冊を超える電子書籍を所有していたりもする。電子書籍のデメリットを挙げたらいくつも存在するが、現時点でそれ以上にメリットが大きい背景があるからこそ急速に普及しているのであろう。あえてコレクター目線でデメリットを語るならば、所詮はデジタルデータであり、実物を伴わない以上は所有欲を満たされにくく、正味な話味気ないというのが本音だ。本における「所有欲」の根源に関わるのが今回のテーマ「装丁」なのではないかと私は考えている。

そもそも装丁とは書物を綴じたり、表紙を付けたり、表紙にデザインをする事を言う。よく見かける紙製の表紙カバーから、函付きの高級本まで装丁のバリエーションは多岐にわたる。漫画において主にペーパーバックが主流な海外と比較して日本は特に装丁を凝ったものが多い。ペーパーバックとは表紙カバーが付いていない本の事で、コンビニで販売されているコンビニコミックを思い出していただければ理解しやすいだろう。では何故、日本の漫画は表紙カバーが付いているのか。その背景には再販制度(再販売価格維持制度)による流通が影響しているのだ。

「編集王」土田世紀/講談社

再販制度については、このテーマだけで大議論が起こり得る程、根深いテーマなので詳細は土田世紀「編集王」を読まれることをお勧めする。一言で表現するならば「返本制度」である。本は一般的な商品と異なり定価で販売される。定価販売は値引きされることが無いので価格競争に発展しない事から消費者にとってはデメリットになってしまい、独占禁止法に抵触しかねない。そこで登場するのが「再販制度」である。この制度は定価で販売する代わりに売れ残った本を出版社へ返却することができるもので、藤子不二雄「まんが道」のワンシーンで、学童社の「漫画少年」編集部へ訪れた二人の目の前に、高く積まれていた返本の山に驚くというものは、再販制度を表したものである。こうして出版社へ返却された本はそれまで多数の人間の手に触れ、配送を繰り返すため本を傷や汚れから守るために表紙カバーを取り付けられるようになる。そしてもう一つの理由として新しいデザインの表紙カバーを付け替えることで同じ作品を装いを新たに販売する手法にも使われる。よく店先でみかける「新装版」というのはこれが語源なのだ。

「まんが道」藤子不二雄A /中央公論社

・コミックスにおける装丁の変遷
さて、コミックの表紙やタイトルのロゴタイプは誰が描いているのか。案外それを知らない人は多い。「漫画とデザイン展」の展示でも触れられていたが、現在表紙の絵は作者が描き、その絵を基にデザインスタジオやデザイナーがデザインを担当するという方式が主流となっている。装丁のデザインを専門に行なっているデザイナーを「ブックデザイナー(装丁家)」と呼ぶこともあり、近年注目されている。


それまで単行本の表紙とタイトルのロゴタイプは作者自らデザインを行っている。これは先にも登場した藤子不二雄「まんが道」でそういった描写がされていて、彼ら初の単行本「ユートピア 最後の世界大戦」のエピソードにて描かれていた。手塚治虫のタイトルロゴは彼のもう一つの代表作とも言える程、特徴的かつ秀逸なデザインで、晩年まで自ら手がけていたというエピソードも耳にする。

「アナザーサイドテヅカ」で発売されたトートバッグ。筆者も所有している。

そして1959年に世界初の週刊漫画誌である「週刊少年サンデー」と「週刊少年マガジン」が創刊されると表紙デザインに新たな動きが生じる。それまで単行本ごとにデザインの異なるものが採用されていたが、週刊誌の登場によって雑誌に掲載されている(あるいは版権を獲得した)作品の掲載誌ごとにレーベル化し、単行本デザインの統一を図ることになったのだ。このレーベル毎のデザインフォーマットを「表紙枠」と呼び、デザインの統一することで雑誌のブランド化や書店に陳列された際の見映えなどを意識したのではないかと考えられる。表紙枠の代表例として、図1:ジャンプコミックス(JC)、図2:講談社コミックス(KC)、図3:少年チャンピオンコミックス、図4:花とゆめコミックス、図5:マーガレットコミックスなど、当時の表紙枠にノスタルジーを抱く読者も多いことだろう。

アストロ球団/あしたのジョー/ドカベン/赤ちゃんと僕/ダイヤモンド・パラダイス

これらの表紙枠を採用した装丁は新刊書店でほとんど目にすることがなくなったものの、今でも連載が続く美内すずえ「ガラスの仮面」(花とゆめコミックス)、魔夜峰央「パタリロ!」(花とゆめコミックス)はデザインの統一の為か往年の表紙枠を使用している。ちなみに花とゆめコミックスの表紙枠は2014年まで採用が続けられていたものの現在は廃止され、デザイン性に富んだ装丁が増えている。また続編を連載しているゆでたまご「キン肉マン」(JCコミックス)では、あえて当時の表紙枠を採用することで、前作との地続きを強調する事に成功している。また週刊少年チャンピオンで連載されていた山上たつひこ「がきデカ」や手塚治虫「ブラックジャック」等の名作は当時の意匠とは多少変化があるものの、表紙枠そのままに増刷を続けていたりもするので、読者諸君も書店に赴いた際には意識して見てみるのをお勧めする。

キン肉マン(ゆでたまご)/ガラスの仮面(美内すずえ)/ブラックジャック(手塚治虫)

・装丁の多様化
明確な線引きが出来ないのであくまで感覚になるが、90年代後半になると表紙枠は廃止され、その作品性に合わせた装丁が行われるようになっていく。特に小学館では挑戦的なものからデザイン性に富んだものまで、装丁に力を入れていた。今回の「漫画とデザイン展」でも取り上げられていた吉田戦車「感染るんです。」の1巻では「素人デザイナーによる製本」という設定の下、意図的に誤植を散りばめた。

「伝染るんです。」吉田戦車/小学館

また00年の松本大洋「GOGOモンスター」は函入りの豪華な装丁で話題になり、02年の映画公開に合わせて発売された特装版「ピンポン」など、とてもデザイン性の高い装丁が採用されていた。また後述するが、05年より楳図かずお作品の復刻シリーズ「UMEZZ PERFECTION!」が刊行されると、楳図かずおの作品性のみならずデザイン性の高さを上手く取り入れた見事な装丁でコレクションとしても今なお評価が高い。

「GOGOモンスター」松本大洋/小学館

また、少し特殊な例としては大友克洋「AKIRA」である。オリジナル版では小口が着色されたりと凝った装丁になっている。そしてアメリカで着色し英訳されたものを逆輸入するかたちで「AKIRA国際版」という名称で販売している。まるでビートルズのブートレグの様で面白い。

「AKIRA 国際版」大友克洋/講談社

・表紙裏の楽しみ
表紙カバーにはもう一つの楽しみがある。それは表紙裏にかかれたおまけだろう。基本的には予め定められた形式のものか2色刷りされた表紙絵が描かれているが、作家によってはイラストが描かれていたり、おまけ漫画が描かれていたりと遊び心にあふれていたりする。こうしたカバー裏のおまけは電子書籍にもしっかりと収録されており、これからもしばらくは無くなることはないだろう。

・帯の功罪
帯とは書籍を販促するためにキャッチコピーや推薦文が書かれた紙であり、書籍と共に巻いて販売される。近年ではデザインが凝った帯も多く、表紙カバーをほとんど覆ってしまう様な帯や蛍光色を使用したものまで多岐にわたる。帯は捨ててしまう場合がほとんどで、著名人の推薦文が書かれた帯などは古本業界において希少価値に大きく寄与することから、帯を捨ててる人はご注意いただきたい。しかし個人的には帯に書かれた推薦文というのには苦い経験があるのだ。その経験とは本屋で物色しているとたまたまみかけた帯に好きな作家が推薦文を書いていたので購入してみたら、面白くなかったということが何度もあったのだ。人間は経験から学ぶ動物である。私もこういった経験から成長し帯に惑わされない強い意志を手に入れたものの、未だにそういった帯を見かけると無意識に手にとってしまう。

「神罰」田中圭一/イーストプレス

先に述べた様に近年、帯のデザイン性が向上しており、帯を含めて一つの装丁をなすものもあるのだ。22年に刊行された内山亜紀「あんどろトリオ 完全復刻版」はロリコン漫画の巨匠でもある氏の代表作であることから帯が女児パンツの形をしており”本に帯(パンツ)を履かせる”見事な仕様となっている。私は同作を既に所有しているにもかかわらずその装丁に惚れ込み、大枚をはたいて購入してしまったのだ。

「あんどろトリオ 完全復刻版」内山亜紀/太田出版

・実は根深い問題を孕む「表紙絵」
これまでは装丁の魅力について述べてきたが、実は表紙絵については根深い問題を抱えている。この問題が大きく取り扱われるようになったのは17年に刊行された日向武史「あひるの空」35巻の表紙であった。本作はそれまで主人公らのイラストが表紙を飾っていたのだが、突如白地の背景にタイトルだけが書かれたシンプルなものになってしまったのだ。装丁を一新することは珍しくないものの、これ以降もイラストが書かれることはなかった。この件に関して日向氏は19年10月02日にTwitter上で「(中略)物事を見た目や上辺や触りだけで判断するような人間が本当に嫌いだったから、その反動...というか訴えですね。(中略)」と発言。

「あひるの空」日向武史/講談社

この発言は当時ネットでは物議を醸したが、問題の本質は発言内容ではなく、実は表紙絵には原稿料が発生せず、作者の善意で行われているという点ではないかと私は考えている。

この件については漫画家マンガ作品である、島本和彦「吼えろペン」でも触れられており、この件について一物を抱える作者も少なくないと想像できる。こういった背景を知ることで物事の見方も少しは違うように見えるかも知れない。
※4月1日追記:丁度良いタイミングで今年の参院選に出馬予定の漫画家「赤松健」氏がこの表紙絵問題について、Twitterのスペースで語っていた様である。気になる方は氏のTwitterアカウントでアーカイブが公開されているので、本記事と合わせて聞いてみて頂きたい。

・レーベルロゴとレーベルマスコット
表紙枠が廃止され、個性豊かな装丁が増えた事によってある弊害も生まれてしまった。レーベル毎の統一性が失われ、本屋で探すのに苦労してしまうのだ。その時に目印になるのがレーベルロゴである。レーベルの数だけロゴもあり、派生型も含めると私には到底まとめきれないため、本記事では代表的なものをいくつかピックアップして紹介していきたい。図1:ジャンプコミックス、図2:講談社コミックス、図3:少年チャンピオンコミックス、図4:少年サンデーコミックス、図5:花とゆめコミックス、図6:マーガレットコミックス、図7:てんとうむしコミックス

まずはジャンプ、講談社、サンデーのレーベルロゴに注目してみるとどれもレーベル名の頭文字のアルファベットをモチーフにしたデザインを採用している。続いてマーガレットは王冠モチーフで花とゆめ、チャンピオンは人間がモチーフのデザインになっている。てんとうむしコミックスはそのレーベル名の通りにてんとう虫をあしらったデザインでとてもわかり易い。ちなみに週刊少年マガジンでは90年代に一時的に講談社のレーベルロゴ以外に後述する「ピモピモ」というレーベルマスコットをロゴに使用していた時期があり、私はコイツをみると猛烈なノスタルジーに襲われてしまうのだ。

もう一つ忘れてはならないレーベルマスコットについて紹介していこう。先述したマガジンの単行本に居た「ピモピモ」はモグラがモチーフになっている(図13)。なんとこのピモピモ、パズドラで登場したという情報を今回入手した。どこに需要があるのだろうか。さて、ピモピモと同様にレーベルロゴがマスコットになっているのが週刊少年チャンピオンの「少チャン」だろう。黒と黄色の市松模様のハットを被るヒゲの男性がモチーフになっており、本棚に陳列されているとよく目立つ(図13)。そして我らが週刊少年ジャンプのレーベルマスコットは「ジャンプパイレーツ」(図14)だ。初代編集長の顔がモデル説や編集部の「新たな海へ乗り出せ」という意気込み説など諸説ある。余談だが一時期、このマスコットを90度回転させると女の子になるというネタが流行った。また少年サンデーは「なまず吾郎」というナマズモチーフのマスコットが採用されている(図15)。ビッグコミックも同じなまず吾郎を使用しているのだが、サンデー版は何故かアメフトのヘルメット被って差別化を図っている。このなまずについて芳崎せいむ「金魚屋古書店」のおまけページで詳細が描かれている。そこでなまずを採用した理由としては「よどんだ池の底でもじっと辛抱していつかでっかくなる日をまつハングリー精神のあらわれ」と書かれている。しかしサンデーというとハングリー精神とは反対の軟派なラブコメのイメージがあるので何とも言えない気持ちになった。ちなみにビッグコミック版(剥き身)のなまず吾郎は18年に創刊50周年を記念してきぐるみが製作されInstagramをやっており、語尾は「〇〇だズン」。最後のマスコットも小学館から月間コロコロコミックの「コロドラゴン」だ。小学生時分にコロコロコミックを読んでいた私にとってはミニ四駆ファイターの服などありとあらゆる所で見かけていたのでコイツを見かけるとノスタルジーに襲われる。今思うとテンションの高いコロコロコミックの誌面を体現したようなデザインはとても秀逸だ。

「金魚屋古書店」芳崎せいむ/小学館

・私が愛した装丁
一言に「装丁」と言っても様々な要素が詰まったものだと今回改めて実感した。最後の項は私が好きな装丁をご紹介していこうと思う。リストアップしただけで膨大な数になってしまったので今回はその中でも特に好きな装丁を紹介したい。

①UMEZZ PERFECTION!(楳図かずお/小学館)
UMEZZ PERFECTION!は「装丁の多様化」という項でも簡単に触れた楳図かずお全集のレーベルである。楳図かずおが描く恐ろしくも美しい線の魅力を完璧に引き出されたデザインは所有欲を十分に満たしてくれる。私は「おろち」を始めいくつかの作品を既に所有しているにも関わらず、この装丁に惚れ込んでしまい書い直してしまった。特に「おろち」と「洗礼」の装丁は秀逸でこれを引き伸ばしてポスターにしたいくらいお気に入りのデザインである。

「洗礼」「おろち」楳図かずお/小学館

②浦安鉄筋家族(浜岡賢次/秋田書店)
ここで取り上げるのは続編ではなく、初代の浦安鉄筋家族である。表紙絵として漫画を配置するという大胆なデザインは小学生当時の私にはとても新鮮に映った。この漫画はその巻に収録されているストーリーから一部を抜粋したものであるが、そのままコピーしたわけではなく、わざわざ描き直した上で着色しているのだ。したがって、収録されているものと若干異なる部分があるので、間違い探し要素も含んでいるのだ。

「浦安鉄筋家族」浜岡賢次/秋田書店

③星屑ニーナ(福島聡/エンターブレイン)
本作は是非帯と一緒に購入していただきたい。それまでの帯とは一線を画す蛍光色を使用し、サイケデリックなフォントを用いたキャッチコピーに目が惹かれる。装丁自体もポップなデザインとなっているので、蛍光色の帯と相乗効果を生み出し、本作のキラキラしたポップで不思議な世界観を見事に装丁へと落とし込んでいる素晴らしいデザインだ。

「星屑ニーナ」福島聡/エンターブレイン

④蟹に誘われて~魚社会(panpanya/白泉社)
白泉社のアンソロジーコミック誌「楽園 Le Paradis(ル・パラディ)」に掲載された一連の作品集。本作の魅力はカバー裏にあり、表紙カバーを外すと収録されているストーリーに沿ったデザインがされおり、panpanyaの独特な世界を補強する役目となっている。目に見えない所をデザインするという粋の良さも個人的に評価が高い。

「魚社会」panpanya/白泉社

⑤万祝(望月峯太郎/講談社)
「漫画とデザイン展」では前作「ドラゴンヘッド」が展示されていた。だが私は本作「万祝」の装丁が好きなのだ。1巻の表紙いっぱいに主人公の鮒子の顔がドーンと配置された思い切ったデザインを皮切りにとても個性的な装丁が続き、タイトルのロゴタイプも巻数毎に毎回違ったものが配置されるような凝りようだ。

「万祝」望月峰太郎/講談社

・おわりに
今回「漫画とデザイン展」に訪れてそれまで心の中で煮えたぎっていた装丁へのこだわりが噴出した形で記事にした。しかし正直語りきれていない事が多い。今回は単行本に限定して語ってきたものの、こうしてあとがきを書いている最中にも書き忘れていた事を思い出しては後悔している。また、漫画雑誌においても装丁は重要な要素であるので、第2弾も考えていきたい。それまで装丁にこだわりがなかった読者諸君も是非、本記事をきっかけに装丁と向き合ってみてはいかがだろうか。

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