【書籍紹介 #22】西岸良平「ミステリアン」

●はじめに「西岸良平と私」
西岸良平と名前を聞いてピンとくる漫画読みは意外と少数である。代表作である「夕焼けの詩シリーズ」や「鎌倉ものがたり」と聞けば、同作を山崎貴監督が映画化した「ALWAYS三丁目の夕日」や「DESTINY鎌倉ものがたり」を思い浮かべるものの、原作を読んだ人は一握りであろう。例え、原作漫画が既読だとしても、昭和へのノスタルジーを描いた作品という印象が強いと思われる。
しかし、それだけでは非常に勿体ないと嘆く私は、何を隠そう西岸良平の大ファンなのである。ファン歴は相当長く、確か小学校3年生時分、今は亡き祖父母の本棚に刺さっていた鎌倉ものがたりの15巻が初めての西岸良平作品との邂逅であった。究極までにデフォルメ、記号化されたタッチ、しつこいまでに詳細まで書かれた解説、そして奇妙奇天烈な世界観に当時の私はアテられてしまったのだ。当時、「3 COINS アクションオリジナル」というコンビニ本が人気で、西岸良平の「三丁目の夕日」も隔週ペースで1冊ずつ発行されていた。小学生の私は月に1度のコロコロコミックに加えて、月に2度の「三丁目の夕日」を楽しみに、300円を握り締め、コンビニへ向かったものだ。
さて、今回紹介する「ミステリアン」は隔週で発行していた「三丁目の夕日」に加えて不定期に同様のコンビニ本として発行していた「西岸良平名作集」が初めての出会いである。先程述べた様に、西岸良平に対して読者諸君が抱く印象は「ノスタルジー」だろう。しかし、西岸良平の作品はノスタルジー、いわゆる「あの頃は良かった」という文脈ではないということを声を大にして主張したい。「三丁目の夕日」を始め「鎌倉ものがたり」や、この度紹介する「ミステリアン」において、構成の軸足は「フォークロア(民俗学)」なのである。

そして存外にシリアスでしっかりとしたSF要素を含んだ設定が物語に深みを持たせ、とにかく面白いし感動するのだ。本作を読めば、それまで諸君が抱いているイメージを大きく変えざるを得なくなるものだと私は確信している。

●粗筋
太陽系で唯一、知的生命体が暮らす星、地球。
実は私達の知らない所で様々な地球外生命体が調査員を送り込み、地球人やその文明を調査しているのだ。彼らは自らを「ミステリアン」と呼び、人や動物の姿に変身して我々の生活に溶け込んでいる。人類の科学技術を遥かに凌ぎ、不老不死に近い肉体を持つミステリアン達は何を目的に地球の調査を行っているのか。それには地球に訪れた調査員たちが必ず罹患するという「地球病」という病が深く関わっているのだった。

●登場人物
ミステリアンを一言で表現すれば「宇宙人」の総称である。ミステリアン同士で差は存在するものの、地球を超越する科学技術と文明を持ち、その身体は不老不死に近いものとなっている上、人によっては超能力も有する。ミステリアンは未開の星である地球へ調査員を送り、地球人に溶け込むように生活して調査を行っている。

・松田広美


本作の主人公は松田広美(偽名)と、広美とは別の星から同じ様に調査に来ていたラッシー(ペンギン)である。地球へ調査に来た当初は事務的に調査を行い、地球人とは少し距離を置いて観察をしていたが、広美は本来、快活で世話焼きな性格だ。その反面、調査や自分の利になる事に対して洗脳機の使用を躊躇しないという、地球人の感覚として倫理観が少し欠如している側面も持ち合わせている。地球での年齢は20~22才位、見た目は特段美人でもなければ不細工でもない普通の年頃の女性といったところだ。

・ラッシー


物語前半から登場するラッシーは広美の相棒であり、ご主人様であり、良き友人である。見た目は80年代にサントリーのCMに登場した「パピプペンギンズ」に酷似しているが、これはたまたま調査船が降り立ったのが南極だったためである。広美との出会いは、単身赴任に飽き飽きしたラッシーが広美の調査報告書を奪取し、自らの成果として母星へ帰ろうと企てたものの、広美に返り討ちされたのがきっかけである。その場をなんとか逃げおおせたものの、元々生活力が低いためかゴミを漁る野良ペンギンとなって町を彷徨っていた所を広美に見つかり、彼女の住まいへ厄介になることに。当初は居候の身だったものの、いつの間にか広美の洗脳機を悪用して彼女をソープランドで働かせるヒモの様な生活をするようになる。彼の性格はとにかく拝金主義でミステリアンの高度な科学技術を乱用して荒稼ぎしたり、広美をたらしこんで稼がせたりする、とんでも無いミステリアンだ。

●「地球病」について

本作のメインテーマとも言える「地球病」。これは地球へ調査にやってきたミステリアンが必ず罹患するという病気である。早いものは数年、遅いものでも数十年で罹患してしまい、この病に罹ると、ミステリアンということを忘失してしまい、超人的な身体能力と科学技術を駆使して地球文明へ影響を与えてしまう。これはどのワクチンも通用せず、治療には母星に帰るしかないのだ。先に紹介したラッシーも明言はしていないものの、地球病による影響が顕著に出ており、広美も地球の調査のため、多くの人々と交流するに連れて影響が出始める。

●ミステリアン(宇宙人)によるフォークロア


ミステリアンは何故、未開の星である地球へ調査員を次々と送るのか。それは単に自分たちと異なる文明や文化を学ぶという点だけではなく、地球の文化(もっといえば連載当時の80年代の日本文化)が彼らにとっての郷愁を想起させるからであろう。ミステリアンはその発達した科学技術や文明によって超合理主義であり、芸術や音楽を無駄として遠い過去に捨て去ってしまった。そして不老不死に近い身体は愛や欲望に対して関心を失う事に繋がった。きっと彼らの世界では男女のいざこざや戦争もない平和な世界なのだろう。文明の発達というのは聞こえが良いが、個人的にはなんとも無味乾燥に感じてしまう。私がそんな世界に放り込まれたらと想像するとあまりに刺激が少ない生活に発狂してしまうことだろう。
科学は合理性と強い相関がある。科学の合理性は農業や工業を発展させ、世の中は豊かになってきた。しかし行き過ぎた合理性は物質文明を暴走させ超管理社会を生み出し、文化を破壊せしめ人間性をも奪取してしまう可能性がある。こういったディストピアを描いたSF作品が第2次世界大戦後に多く生み出された背景には潜在的な恐怖が存在したのだろう。
きっとミステリアン自身も忘れてしまった程、遠い過去に愛と欲望にまみれた時代があり、自らのルーツと郷愁を地球人から感じとっていたのかも知れない。

そして広美も当初は事務的に調査を行っていたものの、多くの人々と交わり、様々な文化と触れることで人間としての本当の喜びに気づいて行く。愛とは、老いとは、儚く短い人生だからこそ輝くものがあると。まあ、結果的に酒に溺れ、男に騙される日々を過ごすことになるのだが、それはご愛嬌ということで。

ミステリアンから見れば合理性を欠く行動や概念は外患かも知れない。だからこそ地球の文化や愛、欲望に染まっていく調査員を「地球病」と呼んでいたのだが、果たして清廉潔白な世界が健全なのだろうか。物理的にも精神的にも潔白になりすぎる社会は逆に個性や人間性を否定してしまい、あまりに機械的で面白みのない世界が待っているのではないか。合理的で不老不死に近い存在であるミステリアンが果たして幸せなのだろうか。ここ数年、世界規模で社会や価値観が大きく変革している今だからこそ我々が読むべき作品なのかもしれない。

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