・はじめに
日本におけるサブカルチャーは1980年を中心に花開いた。
それは戦後日本が様々な社会変革を経た末のもので、戦後生まれの団塊の世代が青年期の60~70年代が80年代サブカルチャーのベースになっている。
団塊の世代は1945年の第2次世界対戦後に生まれた所謂「戦争を知らない子供たち」である。60年代に入って青年になった彼らに安保闘争を始めとする学生運動などの反権力ムーブメントが引き起こる。一方、戦勝国であるアメリカにおいても60~70年代にかけてヒッピーと呼ばれる若者たちが街の一画に現れるようになった。彼らヒッピーはアメリカのみならず、サブカルチャーの世界的なムーブメントの中心になっていったのだ。
今回はSPECTATOR Vol.48「パソコンとヒッピー」を参照しつつ、ヒッピームーブメントとパソコンの共通点を紹介していこう。
・ヒッピーの誕生
先述した通り、ヒッピーと呼ばれた若者たちは第2次世界対戦後に生まれた世代である。彼らは既存の支配構造(政治体制)、旧来的な価値観や伝統の忌避などアナーキズムとカウンターカルチャーを軸に行動していた。彼らは「Love & Peace」や「Power to the peaple」というフレーズを旗印に人権や平和を主張して共同体を作り、原始的な生活をするコミューンを形成していった。そこでは自給自足で自ら食べ物を育て、財産は全てコミューンの共同資産であり、お互いを支え合って生きていた。
彼らの思想であるアナーキズムやカウンターカルチャーに加えて自己意識の拡張というものがあった。それらは東洋の神秘主義や哲学、インドヒンドゥー教のヨーガがベースになっている。自己意識の拡張は苦行や瞑想、ヨーガによってもたらされる「悟り(神秘体験)」であり、現代のオカルトやスピリチュアルにも地続きであることが言えるだろう。
彼らは神秘体験を手軽に何度も体験し得る物質として「LSD」を服用していた。これがアメリカ人の合理性というものなのだろうか。こうして手軽な神秘体験(トリップ)の結果、サイケデリックカルチャーが誕生することになるのだ。
「サイケデリック(Psychedelic)」とは、「精神(Psyche)」と「目に見えること(delos)」を組み合わせた造語で、サイケデリックカルチャーとはアートや音楽の世界で大きな影響を与え、今日のサブカルチャーのベースとなっているのは過言ではないだろう。サイケデリックアートでは極彩色に彩られた夢幻的な作品群を指し、ピーター・マックスや横尾忠則が有名である。後のポップアートの巨匠、アンディー・ウォーホルもサイケデリックアートのエッセンスを感じる。音楽分野においてはビートルズ、ピンク・フロイドなどが世界中でヒットを飛ばし、これも現代まで大きな影響を与え続けている。
・ヒッピーの種類
ヒッピーには「Back to the land派」と「技術決定論派」に大別できる。ここではそれぞれを「自然派ヒッピー」と「技術派ヒッピー」と呼んでいこう。前者は物質文明たる技術や消費社会を否定し、それらの象徴たる「都会」から離れて自給自足による自然との調和を主張している。それに対して後者は科学技術は発展によって人々の意識を改革することが出来るという主張である。それに加えて、それまでコンピュータというのはメインフレームとも呼ばれ、一部屋まるまる機械に埋め尽くされるほど大型なものが主流であったことから、主に研究や軍事目的として利用されてきた。これが1975年にMITS社が発売した世界初のパーソナルコンピュータ(パソコン)である「Altair8800」によって一般市民(といってもギークたちだが)が触れることになった。それまで研究や軍事用途としてしか用いられなかったコンピュータが市民に渡る。これはアナーキズムな技術派のヒッピー達にとってこれとない機会(機械)となった。
技術派にとって、パソコンはLSDにとって代わる自己意識の拡張に繋がる新たツールであった。世界初のパソコンとして発売されたのは先述した「Altair8800」である。Altair8800はマイクロプロセッサにIntel8080を搭載し、駆動周波数は2MHz、256Bのキャッシュという性能である。現在のパソコンとは比較にならないほど低性能で、操作方法はマウスやキーボードを使用した現代のGUI(Grafic User Interface)ではなく、入力はトグルスイッチで出力はLEDの点滅と点灯だけとお粗末なものであった。しかし、Altair8800に触れた彼らはパソコンに無限な可能性を感じた。コンピューターが発展すれば、バーチャルリアリティの世界において肉体や物理法則を超越とした事が実現できると考えたからだ。そういった世界観は後に映画「攻殻機動隊」や「マトリックス」で垣間見ることができる。またコンピュータの進化にはAIやロボット技術にも大きく寄与する。これも映画で描かれており、「2001年宇宙の旅」で登場した「HAL9000」や「ターミーネーター」の「T1000」や「ロボコップ」がそうだろう。
・ハッカーの誕生
しかし当時のパソコンでは出来ることがかなり限定されている。そんな技術的困難を乗り越えるような職人的なユーザーが現れるようになる。それが今日のハッカーと呼ばれる人々である。先程から何度も登場するAltair8800を一例にすると、Altair8800のユーザーであったスティーブン・ドンビアが、ある日プログラムを走らせているAltair8800のそばに置いてあったラジオからノイズが出ていることに気づいた。すると彼はギターを持ち出し、そのノイズが075のメモリアドレスにアクセスする時にF#の音がラジオから流れる事を突き止めた。それから全ての音階を突き止める途方のない作業を行い、曲を完成させたのだ。完成した曲をコミュニティの仲間内で披露すると大受けし、アンコールがかかるほどだった。ちなみにその時演奏されたのはビートルズ「フール・オン・ザ・ヒル」である。LEDしか出力装置のないAltair8800にラジオを介して音声出力をするという方法は、技術的困難な事象を乗り越えるまさに「hack(ハック)」であった。こういった人々を総称して「hacker(ハッカー)」と呼び、彼らは技術的に不可能であればあるほど熱中した。さらに彼らはFree(自由/無料)を好み、自ら開発したツールを無料で自由に使わせたのだ。これが現代のフリーソフトやオープンソース、フリーコンテツなどのインターネットカルチャーのベースになるのだった。
・インターネットの登場とP2Pソフト、そしてiPhone
インターネットの誕生は軍事研究が基になっている。冷戦時代に一部地域の通信が断絶しても通信が可能な技術として開発されたのだ。初期のインターネットは電話回線を使用していたため、ユーザー側もモデムがあれば簡単にインターネットへ接続することができたため(といっても、90年代後半から)爆発的に普及しはじめた。通信方式も既存のアナログな電話回線を使用したダイヤルアップ接続から、デジタル通信のISDN、ADSLへ移行していった。そしてADSLになるとそれまで従量課金だった接続料金が定額料金になると、高速で大量のデータのやり取りが可能になったのだ。するとP2Pソフトを利用したファイル共有が盛んになっていく。
P2Pソフト黎明期にはNapstarと呼ばれるソフトで音楽ファイルの共有が盛んにおこなわれていた。その後、WinMXやWinny、Cabos、ShareというP2Pソフトが無料で手に入り、音楽ファイルに限らずありとあらゆる合法違法いりまじったファイルが世界レベルで共有されることになる。
P2Pソフトの技術的特徴は、世界中にある不特定多数パソコン同士を接続し、ファイルを共有しあうというものだ。よって自分が持っているファイルも世界中に共有されてしまう。P2Pソフトの登場によってそれまで手に入らなかったファイルを世界中から入手可能になった。これはヒッピーカルチャーの「財産の共有」であり、世界中の膨大なデータを好きな時に好きなものを好きなだけダウンロードできるというのは、「自己意識の拡張」となるのだ。
P2Pソフトの登場は様々な所で社会的変革を及ぼした。その最たるものはmp3という音声コーデックだろう。MDとコーデックについては以前の記事で紹介しているのでそちらを参照されたい。当時mp3コーデックのファイル(mp3ファイル)を再生するためにはパソコンや一部のmp3プレイヤーだけだった。保存できる容量も非常に少なく、使い勝手がいいものでなかった。しかし、2001年に登場したあるデバイスが世界を大きく変革することになる。
そう、iPodだ。
iPodが登場し、そしてiPhoneへと進化していく。スマートフォンの登場はiPodの登場よりも世界中の生活を一変させてしまった。今や街中でスマホをいじっている人を見ない日はなく、スマートフォンを利用した行政サービスなども登場している。今やスマートフォンがない生活には戻れないといっても過言ではないだろう。
それを仕掛けたのは言わずも知れた「スティーブ・ジョブズ」である。
彼は典型的な技術派ヒッピーで、先述したスティーブン・ドンビアが所属していたコミュニティ「ホーム・ブリュー」に所属していたことからも彼の思想が良くわかる。そして彼は2011年にすい臓がんによってこの世を去るのだが、手術を行う前に代替医療や漢方薬治療などを試していたというのは彼がヒッピーがルーツにある事を語る一面だ。
・インターネット規制と郷愁たるカウンタカルチャーの誕生
P2Pソフトの普及により、映画や音楽、ゲームデータなどの知的財産が大量に無料で共有されてしまった結果、各国の政府がインターネットにおける規制を強化し始めた。日本においても著作権法違反として逮捕されたニュースが聞かれるようになった。すると一気にP2Pソフトは衰退していき、近年ではサブスクリプション形式の配信でコンテンツを楽しむことが主流となった。匿名掲示板においても犯行予告を書き込んだ人間が逮捕されたりと、それまでアナーキズムな空間だったインターネットが権力によって規制されるようなると、一般人の利用者数の増加も伴って徐々に公共の場としての役割を担うようになり、インターネットカルチャーも変質していく事なるのだ。
そんなインターネットに対するカウンタカルチャー的に登場したのが、VaporWaveという音楽と映像ジャンルである。2010年ごろにインターネットの隅から発生したこの音楽ジャンルは主に80年代日本のサブカルチャー(アニメ映像や音声、テレビCM、漫画、イラストなど)をサンプリングをして曲を作るのだが、かつてアナーキズムにあふれていたインターネットへの郷愁を感じさせる。VaporWaveはその後、FutueFunkやMallsoftなどの様々なサブジャンルを生み出しているので、興味のある人は聞いてみていただきたい。
・おわりに
LSDや大麻でラリって愛と平和とフリーセックスに明け暮れているというイメージがあったヒッピー。だが、現代のインターネットカルチャーはもちろん、様々な技術派ヒッピーが世界を変革し、自己意識の拡張を実現している事という事実が浮き彫りになった。彼らのユートピアだったアナーキズムなインターネット世界も権力によって押さえつけられてしまったが、その事によってカウンタカルチャーとしてVaporWaveという音楽ジャンルを生み出したというから面白い。今後も自己意識を拡張すべくVRなどの技術が一般化していく事になるのだろうか。そして自己意識を拡張していった先にあるものは何なのだろうか。