風忍「地上最強の男 竜」
・はじめに
戦後日本漫画を切り開いた手塚治虫の登場以降、数多の漫画家たちが今もなお、新たなマンガ表現を追い求めている。そんな中、唯一無二の漫画表現を確立した作家も多くいる。そのほとんどは他の作家によって模倣され、さらなる発展がされていくのだが、あまりにも個性的で模倣できない極北とも言える表現を持つ作家がいる。それが、今回紹介する漫画家「風忍」だ。
風忍はダイナミックプロに入社し、永井豪のアシスタントを務めた後、1971年に月刊少年マガジンでデビューを果たす。1977年に代表作である「地上最強の男 竜」を発表し、1990年代まで様々な媒体で作品を発表するものの、2000年以降の新作の発表は無い。今年、2021年9月に先述した「地上最強の男 竜」が初出完全版として復刻版が復刊ドットコムより発売された。定価7500円という地上最強クラスの価格に私は思わずたじろいてしまったものの、午前中の眠気に任せて注文をした。本記事ではこの復刻版の供養を兼ねて「地上最強の男 竜」などを通して「風忍」の魅力を伝えられれば幸いである。
・地上最強の男 竜
本作は風忍作品における一つの到達点とも言うべき作品だ。ストーリーは荒唐無稽で突っ込みどころが満載なギャグ漫画?ではあるが、漫画表現、所謂コマ割りや構図等において風忍の作品性が完全に定まったとも言うべき点が注目である。本ブログの読者諸君は既読であろうが、未読の諸君らに向けて簡単なあらすじを紹介しよう。
「羅城門空手の門下生である「雷音 竜」は空手の大会で対戦相手の優勝候補、加山を惨殺してしまう。日に日に増してくる破壊のエネルギーを恐れ、師匠「道教」は竜に力を失わせる特別な仮面を着けることを命じ、そして破門にした。竜には妹がおり、名は悦子という。事故で両親を失ってから家は叔父、叔母に乗っ取られる形で不遇な日々を過ごしていた。自宅には叔父たちに秘密裏にしている地下室があり、竜はそこで隠れて暮らしていた。ある日、悦子が竜がかつて殺害した加山の婚約者、二階堂と道教が殺しに来る事を予知し、竜を守るため両親が残した機械に竜をくくりつけるが時既に遅く、二階堂たちは龍の目の前にやってきてしまったのだ。かつては「パタパタパパ」という曲をヒットさせた歌手の二階堂だったが、婚約者を目の前で惨殺されて以降、復讐の為に道教の元で教えを請いていた。二階堂は竜を守ろうと間に入る悦子を一蹴すると、悦子は天井に頭蓋を潰されて即死してしまう。
悲しみと怒りに満ち満ちた竜だが、力を抑える仮面と道教たちの猛攻によって瀕死の重傷を負ってしまう。しかし竜の内側からたぎるエネルギーは、仮面の力を持ってしても抑えることは出来ず二階堂は殺され、道教も致命傷を負うものの、家の崩壊に乗じてなんとか逃げおおせるのだった。
道教は命からがら、羅城門空手の道場へと戻る。
すると大きな地震とともに道場の真下から、仏像を頂点にした荘厳な機械の塔が現れる。道教は塔から聞こえる声に導かれて塔内に入り、塔の力で増幅された道教の念力によって日本全国ありとあらゆる寺から仏像を呼び起こし、仏像の中に入っていたあらゆる臓器が一つになった時、竜を殺すために地獄の底からイエス・キリストが復活する。キリストは早速世界最強と言われるブルース・リーと宮本武蔵を復活させるという奇跡を起こし、竜の元へと送り込むものの、竜は彼らを一瞬で亡き者にしてししまった。そして、遂にキリストと竜との一騎打ちになるのだった。
果たして竜の運命は?地球の未来はどうなってしまうのだろうか?」
本作は、物語の大筋に対して突っ込みどころ満載な作品である。今更どこがどうが、あれがこうだ等は他のテキストサイトを参照頂きたい(Black徒然草)。本記事では風忍の到達点である表現の魅力について端緒でも紹介できればと思う。
・フィリップ・ドリュイエと風忍
風忍を最も特徴付けているのが一枚絵だろう。ページの中央からまるで鏡写しの様に左右へ広がりシンメトリーになる構図だ。コマ割りも同様の構成を取る。この構図はフランスのバンド・デシネ(BD)作家であるフィリップ・ドリュイエの影響だ。2014年に小学館から発行されたフィリップ・ドリュイエの「ローン・スローン」のインタビューに風忍がフィリップ・ドリュイエの魅力について語っている。ダイナミックプロでアシスタントをしていた当時、同僚がコミックを持ってきたのが出会いのきっかけだと語っている。フィリップ・ドリュイエのタッチはバンド・デシネらしく非常に緻密でいながら、独特な構図は風忍の作風に大きな影響を及ぼす事になった。
「地上最強の男 竜」においても、フィリップ・ドリュイエの影響を垣間見ることができる。特に中盤から後半にかけて物語が加速するにつれて出現率が多くなり、壮大な風忍ワールドを演出している。
そして、風忍はドリュイエの構図に仏像を配置することで、密教における曼荼羅へと昇華させ、ドリュイエと曼荼羅の相似点を表現している。曼荼羅は密教における「悟り」の境地を図画として表現したもので、そこには宇宙の真理やこの世の全てが描かれると言われている。
・ニューエイジ思想と風忍
竜が持つエネルギーの根源は、20世紀に生まれた全ての赤ん坊の想念であり、物質文明へのアンチテーゼなのだ。精神文明への回帰によって、か弱い存在の赤ん坊と地球そのものの未来の為に竜はこの世に生まれたのだった。
キリストの正体は悪魔だった。現代の科学はキリスト教圏の欧米諸国から発展してきた。キリスト教の教祖であるイエス・キリストは物質文明の象徴とも言える。
結局、作中のキリストは悪魔が化けていたのだが、これは神の2面性を表していると言えるだろう。科学の発展は人類の生活を安定させた反面、行き過ぎた発展は環境破壊や戦争を招き、人間はおろか動物や自然、果ては地球そのものを脅かしている。こういった物質文明的の象徴を、風忍はキリストの皮を被った悪魔として描いたのではないだろうか。キリストは手下の悪魔を使って宇宙空間上に竜を縛り、世界中の原子爆弾と水素爆弾を竜に向けて発射した。しかし、覚醒した竜にはもはやそんな攻撃は通用しない。核エネルギーは科学が生み出した負の技術である。原子爆弾と水素爆弾は大国同士の意地によって多くの生物や地球そのものを脅かした。そんな物質文明に対してのアンチテーゼとして、無垢な存在である赤ん坊の想念として誕生した竜は己の拳で地球を割り、その勢いで悪魔を倒したのだった。
その後、地球を真っ二つにしてしまった事が知られると、竜は全世界の人々から命を狙われることになる。あらゆる銃器を向けられるものの、0.2秒で次々と殺していき、とうとう大人たちは全て割れた地球の底へと落ちって行った。地上は次の時代を担う赤ん坊たちの楽園となったのだ。すると竜の目の前に突然天国へとつながる階段が現れた。竜の役目は終わり、それを悟った彼は去っていく。
本作は物語が後半になるにつれて、哲学的・宗教的な色が強くなっていく。1970年代といえば先述した物質文明に対するカウンターカルチャーとしてのニューエイジ思想が若者の間でブームとなった時代である。生まれながらにして物質的に満たされた生活を送った若者たちが求めたのが「精神的」な価値観であった。1973年に五島勉「ノストラダムスの大予言」が発行されたのを皮切りに、日本でオカルトブームが始まったのだ。本作もオカルトブーム真っ只中に発表されたこともあり、大いに影響を受けていると言っても過言ではないだろう。
・「地上最強の男 竜」以降の風忍
風忍は本作を境に作家性を確立させ、カルト的な人気を得るようになるものの、様々な雑誌を渡り歩きながら短編や読み切り作品を描く程度となっている。
1993年に真樹日佐夫を原作とした「タイガーマスク ザ・スター」を連載開始。本作は梶原一騎原作、辻なおき作画でヒットを生んだ「タイガーマスク」の続編として発表されたものの、辻なおきからの抗議によってあえなく打ち切りの憂き目となる。
その他にも堀辺正史の半生と骨法をコミカライズした「ケンカ必殺拳・骨法」や、有田芳生が監修した「ハルマゲドン”オウム計画”成功せり!」、うんこがなければ生きて行けない女性を描いた「慙愧の人」、ゴジラの概念を根底から覆し、風忍ワールドを展開した「Gからの警告」などを発表し、カルト漫画ファンから絶大な支持をされているものの、1998年の「包丁若大将”G”」を最後に突如、漫画界から姿を消してしまった。
余談だが、「Gからの警告」は以前にも紹介しているので、そちらを参照されたい。
・おわりに
今年7月。五輪の小山田圭吾問題に端を発し、当時のQUICK JAPANを入手する人が居たという話を聞いた。私も同時期にQUICK JAPANを買い求めたのだが、目的は勿論、風忍である。風忍の作品は単行本化されているものが少なく、掲載された雑誌を入手するか国会図書館で複写をしなければならないのだ。
「地上最強の男 竜」が9月に復刻したことをきっかけに、風忍全集の発売が待たれる。きっと必ず大友克洋全集よりも(私の中で)話題になることは間違いなのだから。