みなさんこんにちは。
店主のさしみです。
物質主義をひた走るシリーズ「フィジカルの魅力」。
連載4回目は、前回の「カセットテープ」に引き続き、オーディオのメディアについてお話します。
今回の主役は「MD (Mini Disc)」です。
80年代から90年代初めまで主流だったカセットテープですが、MDの登場によって大きく市場が変化していきますが、MDが主流だった時代はカセットテープに比べれば短く、すぐにSMやSDカードないしは内部メモリに音楽を保存する「mp3」プレイヤーの台頭によって市場が奪われてしまいます。
なぜMDの天下が短かったのか、MDの魅力と共にお話できればと思います。
まずはMDの簡単な説明と歴史について紹介しましょう。
MDは「Mini Disc」の略称で1992年にソニーが製品化した光学ディスクを用いたオーディオ用記録メディアです。登場から60分、74分、80分のディスクが売られていますが、末期になると「Hi-MD」という製品も販売されました。
2000年には長時間録音を可能にした「MDLP(Mini Disc Long Play-Mode)」機能の登場によって1枚のディスクで2倍~4倍の録音時間を可能にしました。
翌年2001年、「Net MDウォークマン」の登場によって初めてPCからMDへ音楽データを保存することが出来るようになります。さらにアーティスト名や曲名の入力もPCのキーボードから入力できるようになりました。
2004年、「Hi-MD」が登場します。今までの記録容量が大幅に増大し、PCとの親和性がさらに向上することで台頭してきた「mp3プレイヤー」に対抗しましたが、Hi-MDが普及することはなく時代は「mp3プレイヤー」へと変遷していきます。
※ここでいう「mp3プレイヤー」は他フォーマット(Wave,WMA,AAC…)を再生することが可能なプレイヤーも含みます。
続いてMDの容量についてですが、74分で140MB、80分で177MB、Hi-MDでは1.3GBとなっています。通常の音楽CDが74分で700MB、80分で800MBということなので大体、CDの1/5程度の容量となります。そしてディスクのサイズがCDがφ12cmに対してMDは6.4cm程度です。「Mini Disc」というだけあって小さいですね。ちなみにカセットテープは15分テープで32KBのプログラムを保存出来たそうなので、60分で128kBととなります。スマホの写真が2MBを超えてる今の時代から考えるとなんとも微笑ましい容量ですね笑。
さて、このブログを読んでる人が記録方式に興味があるかは不明ですが、ある意味MDの諸悪の根源ともいうべき「ATRAC」について触れなければならないのです。
まずは通常の音楽CDは「CD-DA」規格で記録されています、コーデックは「リニアPCM」方式となっています。それに対してMDはソニーが独自に開発した「ATRAC」というコーデックを使用しています。このATRACがソニーの首を絞め、ウォークマン暗黒期を迎えるのです。
・諸悪の根源「ATRAC」
MDは「CDを録音できる容量とカセットテープよりも高音質」という事を目標に開発されました。当時は「ディスクマン」というCD再生用のポータブルプレイヤーも売っていましたが、カセットテープの様に自ら編集することはできません。そこでCDの様に頭出しが容易でカセットテープの様に編集できるMDを開発したのです。先述しましたが、MDはCDに比べて直径は半分程度、記録容量は1/5程度となっています。そのMDにCDの音楽をどうやって入れるのか。それは音楽データを「圧縮」すればいいのです。その圧縮方式の一つが「ATRAC」と呼ばれるものなのです。
圧縮にもコーデックによっていくつか方法はあります。「可逆圧縮」と「非可逆圧縮」で、前者は圧縮したデータを元の生データに戻せる方式なのですが、後者は一度圧縮すると元の生データには戻せないのです。
初期のATRACは「非可逆圧縮」方式を採用していました。ATRACの圧縮技術は「マスキング効果」を利用して圧縮しています。「マスキング効果」とは人間の聴覚の特徴なのですが、会話をしていた側で大きな音が流れると話し声がかき消されるという当たり前な現象を利用し、大音量周辺の音をカットしたり、大音量の低音・高音域をカットすることで圧縮するのです。また、人間の可聴音域「20Hz~20kHz」から外れた音をカットしたりします(そもそもCDに収録されている音が可聴音域内でカットされてますが)。圧縮率を上げるために高音域をカットすることもありますが、その分こもったような音になってしまいます。
これらの考えかたは「mp3」も同様です。
さて、話が変な方向にズレてしまいました。
圧縮技術である「ATRAC」がなぜソニーのウォークマンの暗黒期の原因になるのか。それは「音質」と「手軽さ」です。先ほども書きましたが、圧縮するために様々な理論を使用いて人間には気付かないように音質を劣化させているのですが、MDに使用された初期のATRACは書き込みエラー対策として2重記録していたため、単純に音質をさらに1/2に劣化させて記録されていたのです。とはいえ、カセットテープと比較すれば音質は明らかに違いMDの圧勝です。という事でカセットテープに置き換わる形でMDが主流となっていきました(DATはこの際ふれません笑)。
しかし、iPodをはじめとした「mp3」プレイヤーの登場によって状況が一変するのです。
「mp3」は「ATRAC」と同じくオーディオの圧縮コーデックの1つです。
基本的な圧縮技術は変わりませんが両者には大きな違いがありました。それは誕生の経緯です。ATRACはカセットテープに置き換わるオーディオメディアとして誕生したのに対し、mp3はパソコン上で音声(オーディオ)ファイルを扱うために使用されたのです。
mp3は(ビットレートによりますが)MDよりも高音質で、かつ「デジタル著作権保護管理」機能が備わっていないのも普及に拍車をかけます。1995年に「Windows95」が発売され、インターネットもダイヤルアップ接続からISDN、ADSLと進化して急激に普及していきました。そして1999年には音楽共有サービス「Napster」が登場、2002年にファイル共有ソフト「Winny」も登場します。現在では著作権物のファイル共有は違法になっていますが、当時はグレー(というか気にしてない?)という認識だったのです。それらファイル共有ソフトを介してやり取りされてた音楽ファイルのコーデックが「mp3」だったのです。
ATRACはNet MDが登場する2001年までオーディオ機器からしか録音は出来なかったので、CDを購入したりレンタルする必要がありました。しかもNet MDへファイルを転送するソフト「Sonic Stage」は2004年までmp3には対応しなかったのです。
そんな状況の中、ある製品がアメリカで販売されたのです。そうそれは世界的大ヒットとなったAppleの「iPod」です。
初代iPodは5GBのHDDを搭載していました。これはMDの約28倍の記録容量です。当時「1000曲入る」という宣伝文句は衝撃的でした。
iPodはmp3の再生ができました。それはファイル共有ソフトを使用して無料でダウンロードした大量の音楽を気軽にiPodへ転送して持ち出すことが出来るようになったということです。デザインや操作性の珍しさも加わって、iPodは大ヒットします。しかしソニーはMDに固執しつづけ、MDの大容量版「Hi-MD」も販売しますが売り上げはふるいません。
そして2004年にソニー初のフラッシュメモリーを用いたウォークマン「NW-MS70D」が発売されます。しかし、このプレイヤーには大きな問題を抱えていたのです。なんと対応コーデックが「ATRACのみ」だったのです。ですのでmp3の音楽ファイルをウオークマンで音楽を聴くには専用ソフト「Sonic Stage」でいちいち変換しなければならないのです。しかもこのソフトが使いにくい!
さらにさらに、保存容量が256MBとiPodとは比較にならないほど小さいというのもインパクトに欠けてました。そしてMD時代からのATRACの悪評。ATRACもバージョンアップされており、この頃には音質はmp3よりも良いと言われていたのですが、先代のイメージが悪影響となってしまいました。
さて、そんな中なぜソニーがATRACにこだわったのか。それは先述した「デジタル著作権保護管理」機能だと思います。ソニーはグループ会社に「ソニーミュージック」を有しています。ということは著作権保護機能のないmp3はファイル共有ソフトで簡単にアップロード/ダウンロードできてしまうのです。著作権元であるソニーミュージックとしては看過できませんが、世の中の流れは違ったのです。著作権ファイルのダウンロードの違法化とネットを介した音楽ファイル販売が一般化してき、現在のサブスクリプション形式の音楽配信サービスへとつながっていく事になるのです。
ということで、MDの歴史から何故かmp3プレイヤーの話になってしまいましたが、次回はMDの思い出と魅力についてお話させていただきたいと思います。
それではまた次回をお楽しみお待ちください。
店主さしみ